最近の動き

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今日は、最後に斑鳩でC3のの出荷調整をはじめていってます。

このときまでは色々な方が弾かれもしますし、最後の一押しとして調整していきます。

今日はハンマーの表面を整えます。

これで鍵盤全体の均整も得られるようになってきます。

やりすぎるとハンマーが呼吸を失いますので、なんでもかんでも綺麗に整えるのも他の問題もでてきます。

もう他の方が基本的に弾かれませんので潤滑まわりを最大限スムーズにして。

80年台のC3ピアノは、かなりうまく作った設計といえそうです。

できるだけこのサイズ感で最大限鳴るようになっておりながら甘い口当たりと魅惑的な音色成分をもっています。

どの奏者でも。あ!と思わせる華が特徴です。

90年代は少しメタリックになってくるイメージで、80年の趣向とは結構違います。

すべては細かなことをやっていって、そのようなものが霞んでくるものですから、使いっぱなしの状態では全くそれらは感じさせません。

再度80年のものを仕入れ調整中です。

お値段を考えると大変立派なグランドピアノですが、古いピアノほど良く仕上がっているのを見つけるのは大変難しいことです。

おそらく仕上がりの並の比較的新しいC3の高価なものよりはるかに良いはずです。

今回はハンマーはオリジナルでご納品いたします。

論より証拠で、いつも次展示するものはAbelなどに交換してから展示できれば、それはいつも思っていることですが、部品代が高価なので販売価格もあがるので商いとしての壁も正直なところありますね。

 

「施設にもっていきたいのだけど、使えるかみてほしい」

見に行ってきました。

KAWAI K20(旧)

すばらしいピアノに出会いました。

50年程度経過してきたピアノです。

出ない音が沢山ありました、内部の修理は必須です。

こういった症状は湿度をためこんでいるだけで本体として問題ではありません。

国産でもつくりの悪いものもありますし、良いものもあります。

こちらのピアノ、眠っていた時、それが音がワインのごとく熟成され、うまみだけでなくその苦みやコクが、むしろそれだけがむき出しになっていて、キーを下せばすべて楽音として噴水のように溢れて出しました。

 

KAWAIのこの時代のものは実にすばらしい音をもっていて、YAMAHAのものよりはるかに楽器として魅力を感じさせます。(アクションとしてはYAMAHAが上といえます)

KAWAIはドイツの名器グロトリアンの設計を模範とした、といわれるところがありますが、この時代はそういったものを、まずメーカーとして(たとえコピー品になったとしても)まず歴史的な名器に習うという意識でひょっとしたら作っていたのかもしれません。

それが日本の物づくり国としての伝統的な日本の特徴とうまく合わさっていたのかもしれません。

 

 

こういった時代のものは本体としてはしっかりしてます。

アクションは置き場がわるいと湿度がまわり、うまく表現ができない状態になっていることが多いです。

現代のピアノは、少しアクションメカニズムが悪いと体が受けつけにくいところがありますが、それ以上に魅力が勝ってしまいます。

 

アクションメカニズムは我々の仕事です。

幼い奏者でもこういった時代のピアノの響きを聞いて育つと、音楽的な成長というよりその後、人としての育ちにすら影響を与えるのではないかと思わせるものがあります。

整然と常に傷ひとつなく清潔にしているものだけが良いわけではない、多少古傷があろうがその内内にある豊かさにきずくきっかけになる、その感受性につながる回路が目覚める気もします。

それがどう大切で当人の人生に対しての意味深さ、それはわかりません、ですが心打つことはどうも確かで、それはピアノが、身体自体が意識へ訴えることのようです。

 

スタインウェイやベーゼンドルファーなどは100年経過しようが再生され大変な値段で店頭にならべられ、時代を生きぬいた先人としての語りを楽しむことはよくしられたことですが、国内では新しいほど市場の価値としてはある、と判断されます。

国内はまだまだですし、この先もおそらく見直されることはあまりないようにも思います。

 

その後、午後からの調律では同じような年代のYAMAHAのグランドでした。

ダルマ足で、かわった形をしております。

これは恐らく、銀座YAMAHAの竣工記念だったように思います、レイモンドタイプといいます。

 

個人的にはKAWAIにアップライトの方が雄弁に思います。

では、同時期のKAWAIGPは?少し本体としてYAMAHAより華奢ですかね。

少し仕事を沢山かかえていて、バタバタとしております。

出荷待ちのピアノが多数あり、お待たせしております。

 

出過ぎた杭へ

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少し、ブログ離れてしまいました。

業務についてはピアノのご成約が大変多い月になっております。

 

以前お知り合いになったピアニストさんが遊びにこられました。

お写真とらしてもらうかと思いながらお話しに熱がはいってしまって忘れてしまいました。

 

本番にて一度お会いさせていただいて、その場で少しお話しさせていただいて、ご本人を取り込み育たれた環境において少し自身のつながりもあって立ち話を2年ほど前にさせていただいた方でした。

教室の方へお越しいただいて、お話しをはじめて90分ほど話こんでしまいました。

まずご活動まわりのことをお聞きして、ピアニストというお仕事のまわりのことになりました。

 

ピアニスト、職業ピアニストとなると仕事の絶対量を次から次へと今の世の中が生み出しつづけている現状ではないとはいえるかと思います。その中で補足としてですが、40年ほど前など、もちろんカラオケなどがなかったのでカラオケがわりに伴奏の仕事がラウンジなどであり、はしごをして十分の稼ぎになることも多かったというベテランの方からお聞きしましたことがあります。

 

「家に帰ることがないから家にピアノをもっていません」

 

というほどお忙しいのはどういったところを必要とされているのかが興味を惹かれました。

演奏会のプログラムなどを見ても、王道のクラシックの演奏目で並ぶコンサートを主体にされているようです。

音楽を通じて、芸術を通じて世の中のゆがみをとる、といったことを常に考えられているようでした。

そんな中で自身の中で一つ、お話ししたい俗説が浮かびました。

結構知られているようなのですが(?)

EARTH、地球のアルファベットです。

これをわけてみます。

E⇒ EDEN(楽園)

ART

H⇒HEVEN(天国)

天国と楽園の間に「ART」が存在する。

(信憑性の高い語源は他の説があります)

これはかなり昔、どこかできいたのを思い出しました。

実際、そのとき聞いたのは冒頭のEというのは地表を意味するような単語で、つまり天の地、それを結ぶのは芸術だ。

というお話しでした。

 

かなりご興味もたれて、今度のコンサートで使おう!(笑)といっていただきました^^;

 

長時間になったのでかなり有意義なお話しをしていただいたのですが、音に説得力を。ということを力説されていました。

流暢にひけるピアニストは山ほど存在する、だけど、みんな小さい頃からバリバリだけど中身が空虚だと意味がない。

私は、習わなかった、音大を出て世界的に著名なプロフェッサーにも習う期間をもったけど習わなかったしその時は「今ピアノを」じゃなかった。

「本当にピアノを弾きたい」と思った時には、習う時間を過ぎていた。だけどその過程が自分を真剣にし自身の語りを磨き、作り上げた。

 

なかなか面白いですよね。

良い音楽、唯一の音楽には、それに至る過程が存在するものですね。

 

出る杭は打たれます、出すぎれば打たれない、そんな言葉もあるようです。

もう少しやれば出過ぎれるようになるかな、、、と言われていました。

ギャランティは求めない、それはあとでついてくるものだから評価は自分で求めてもしょうがない。

だけどやりつづけることにそれを見てくれる人が高い報酬をいただけること、それが増えるようになっただけ。

 

その気持ちはそれなりに忙しくなった今も変わりません。

 

「これをやったら駄目になるんじゃないかということ、まったく自信がなくってもいい、なければなおのこと、死に物狂いでとにかくぶつかっていけば、情熱や意志が湧き起こってくる」

 

地から宇宙、遥か彼方へ。

グールドのバッハは広大な宇宙へメッセージを放ちました。

 

同年代ですが、とにかく強い人でした。

お話しに共感できることがとても多くて、向こう様からもいろいろ考えているんだなと少し思われたようです。

そういえば純粋な調律、音合わせですが、少し自身の中で少し変化がありました。

ここのところそれをお客様へお渡しするとすぐに反応をいただきました。

 

出た杭、とかくとたたかれるのはいやですから、叩きにくい杭になれたらよいですかね。

仕事の出会いとコンクールと。

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今日は朝から本番調律でした。

入社してまもなくこういった本番調律はとても緊張するものでした。

何がというと、そのあとピアニストさんが弾きに来られますからどんな注文くるだろうか。

それは今もそうですが、とにかく不安でした。

 

だんだん視野が広がってきますと逆になってきます。

早く弾いてほしい。せっかく喜んでいただけるように自分なりに調律したんだからと。

ピアニストと会えないリハに立ち会えない調律はなんとも実に寂しいものです。

 

まあそんなに不具合なくお渡しできると、もしくわそれなりにうまくいくと気分よくされるわけで少し会話できるタイミングもあります。もちろんリハをしっかりされていれば邪魔はするべきではないですし、まず客席のあちこちからピアノの音を確認します。

 

今日は

プロフィールを見ると、業界そんなに広くはありませんから、つながりはあるもので

「ひょっとしてだれだれさんご存じですか?」

 

「ああ、何何ちゃんのことですか?同じ門下生ですよ、娘さんのレッスン、わたしがみてます」

 

話が広がるときがあるのです、そして同じ県内の現場でしたら結構他でもばったり会うものです。

これも楽しみの一つです、例えば良い仕事をしているのなら必ずどこかで巡ることもありますし、一期一会ですが、仕事としてはその場その場常にだれかが見てる、見られています、それはありがたいことともいえそうです。逆なら変な噂もとても早いです。

 

もう一件仕事をこなして、大阪の仕入先2件よって、ちょうどコンクールをしていましたから立ち寄りました。

自身がホールにはいったときは13歳以上の方ばかりの部でした。

もう後半きかせていただきました。

 

バッハと自由曲かなといった選曲でした

まず、バッハ。皆さま結構苦労されていたように思います。

曲自体がどこまでも深さがあるだろうし、いかようにも弾けるし、ある意味で弾けないし、技術的に音数が少ないけど技術的にも大変むつかしい。

コルトーが「最高に習熟された指をもってしても古典奏法の難しさは改めていうことではない」とのことです。

現代などでは快活に演奏ができるあたり、その振れ幅の大きさに驚く方もおられました。

 

ジュニアのコンクールはほとんど聞いたことがありませんが、技術的なこと、演奏そのものを言うまえにまず

曲の意味や楽しさ、中には近現代で曲として受け入れるに難しい曲も沢山あるように思いますが、それを好き、と演奏できるのは大変な早熟というべきだと思います。

中にはピアニストのレパートリーになっている曲もありますし、大変むつかしいものも含まれます。

 

最後の10人程度の方を聞かせていただきましたが、自分の楽しみとしてプログラムにチェックしてみようと、印は3と5番めの方についてます。

個人的な見解になりますが、一人の方は隙が少なく、安定していて他の参加者より少し抜けていたように感じて、その次ぐらいの方が結構おられたように感じました。

審査もこうなってくるとなかなか大変かと思います。

信憑性はともかく、審査というのは、今日はこの審査員だからこう弾く、主催がどうだから、といったことも意味のあることかもしれませんが、聞くのは同じ人で、訴えかけれた演奏がやはり残ってくるのは当然のことで、間違ったからダメ、曲がモーツアルトだからインテンポで弾けたら評価される、ということではなくて、たとえ音が汚くても失敗しても訴えることが基本の基準になっているはずだと思います。

そのためにくだけてしまうと説得力にかける、異質なものが混ざって聞こえてしまうとこれもストレートに心に入り込めない、訴えるために適した道筋がありえるし、結果、きちんと構築されたものが説得力を持ち得るだろうし、それでなければそれ以上のものをアピールできれば結果は必ずそれなりのものがついてくるだろうし、もしそれが受け入れなければもっと他の適した場所で自身が求められるはずだ、自分の場所ではなかった、という割り切りも良いのではないのでしょうか。

 

 

ぜひとも落選された方も紙一重で賞にはいらなかっただけ、と思う方が相当おられたように感じました。

時間も2曲程度ですぐに入れ替わりますので非常に聞きやすかったです。

 

まだ最終審査まで続きがあるようです。

サッカーの本田選手や長友選手なんかも、若いときの差はおもったより大きなものではない、埋めれるものと言っていたようです。

ご本人が自身もさほど目覚ましいものではなかったと語っていました。

自分自身も、求めていれば、どこかで見てくれているという考え方です。

皆さま各々が十分に立派な演奏でした。

ピアノをベースアップ

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今日は一つ、ピアノを鳴らしていく工程の一つをご紹介します。

当店のピアノは出荷直前になるとかなり鳴っている方だと思います

それはアップでもグランドでもいっしょです。

 

ボディが響いて、豊かな音、つまり響くというのは人は高い満足感をもちます。

物理的にも過運動なく、入力された力をいかに出力したときに豊かなものにするか、理屈は簡単です。

作業的にも技術的に高度もの、つまり経験とその右腕の技量と経験がないとできないことと、単純な作業としてめんどくさがらずやれるかどうか、という2つがあると思います。

 

この作業は後者でしょう。

 

鍵盤が細い金色のピンにおさまるわけなのですがその支点になります

 

支点、図でみると再認識しやすいことですね。

 

 

ピアノ技術は物理だ、そう表現もできそうなのです。

穴があいてましてここにピンがはいります。

この穴が少し広がりすぎてしまって、微細にぐらつくわけです。

このYAMAHAのU2Gというピアノは基本的な底辺が強いのであまり大きく穴が広がっておりませんが、それでも少しピンの直径に対して大きいわけです

穴を小さくします。

色々な方法がありますが、今回は木材を入れ込み穴をほんのすこし小さくします。

くさびのような木片をニッパーでパチンときって凸凹を軽くやすっておしまいです。

ほんの少し小さくなるのです。

これで支点の力ぬけがなくなります。

見た目の変化はわからないほど小さな変化です。

こんなことしたって。

そういわれる方の多くは実際こういった作業をしたことのない方が多いように感じます。

またその結果の変化自体を求めていないこともあるでしょう。

 

基音が強調され、驚くほど音が豊かになります。

ピアノが鳴ってきます。

これは新品でも個体差によって逆に締まりすぎのものもありますが、いきなり締まりが弱く新品から調整が必要なものもあります。

 

全体的に丁寧にすると、あら不思議弾きごたえがでてきて音がボディに共鳴しはじめます。

他の方法として溶剤や溶液をつかったりもできますが、なぜか木片が一番音が良い気がします、というか良いとおもいます。

程度問題、やり方も変わりますが、この部分をおざなりして良いピアノは生まれないと思います。

実際一線でやってられる方はで実際お話しするとこのあたりの話が頻繁にでてきます。

 

鍵盤をもどすと硬くなって、穴が小さくなっています。

再調整して最適に合わせます。

 

ご想像のとおり、なかなかの手間がかかります。

ピアノの状態によりますが、すべてやるのは半日かかりそうなものです。

でも好みに左右されないピアノづくりになりえる調整の一つです。

 

アウトプットする

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技術のこと一つにとっても、調律師の仕事として、まず横に並べる、横のラインをととのえる仕事があります。

これはセンスもなにも、きまった基準へ横へそろえるわけです。

これが1台のピアノに、非常に沢山の工程が存在します。

苦手な工程、得意な工程。

おおむね、手が早く結果が明確な作業は苦労を感じません。

問題は苦手意識が強くて時間のかかるわりに効果が薄いものなどはなかなか骨をおります。

 

(文字がおおい記事なので、疲れをもっていただかないような画像をいれました)

これはすべての技術者にとってうなずけるものではないかと思います。

 

苦手な要素、これにどう付き合っていくのかこれがなかなか大変です。

色々な方法があるかと思います。

やらないと、と自身を鼓舞する方法もあるでしょうし、いやいやでもやっていたらできるようになって楽しくなる、これは理想ですよね。また、セミナーや仲間といっしょに検討するのも効果的に感じます。

 

まずそれをできるようになりたいとおもわなければ何も始まりませんが、思ってもそれでもなかなかクリアが大変なこともあります。横に並べるだけ、と思われがちなのですが、自身との様々な葛藤があり、おいそれとはいかないところがあります。

 

少し違う切り込みですが、疲れというものを抜いてみる。抜けると体力的に楽になると頭脳も楽になります、結果その楽観性がつきぬける突破力になるという考え、というかこれは本当は正攻法なのかもしれません。

 

では疲れって。

たとえば山登りなどの肉体疲労は短時間でぬけてくることも多いかと思いますが、頭脳の疲労、これがなかなか大変ですよね。

現在ではそれが経済と絡んで色々な商品化されてもいるように思います。

 

(この記事で読み疲れてもらってはダメなので景色をいれておきます)

 

自身が偉そうに全くいえないのですが、もっと強い刺激で今過敏になっているところを覆ってしまう方法。何かを足す方法です。

これは非常に色々な物があるように思います。

 

身体でもっとも酸素を使うのは脳なんだそうです。

酸素の使用量を睡眠状態よりも減らし、脳の休息、安静状態を作るというのはまだまだ常套化されきっていないようです。

 

実は自分自身、20才そこそこの時にありがたいことに東洋医学の発想と出会う機会があって、これを契機に自身の考えや性格多くのものが相当変わった自負があります。

その中で瞑想法というのがあります。

瞑想というと座ってじっとしている感じが有名ですが、動く瞑想法というものがあります。

それをスワイショウというのですが、これ一つあるととてもすばらしい経験が今すぐにでもできます。

 

簡単にいうと座ってじっと瞑想するのはなかなかレベルの高いことで、それこそメトロノームのような振り子運動によって、単純な動きにより頭をからっぽにして安静できる、というわけです。

そしてすぐに良い意味での気張ったものが緩んで、過剰にしょいこんでしまっている、そこまで誰も求めていないけど自分が自分であるためのこだわり(自身にも実にたくさん存在します)それから少し、たとえ一時的にも距離をもつことがどうやらできるようなのです。

「楽観性こそその扉を開きえる」

何もいい加減といったことではなく、実際脳科学では楽観的(脳に疲れがない)であれるときこそ脳が活動するらしいのです。

いつもの自分と少し違ってみると、その重いと思っていたものが軽く感じられ

「もう少しやってみようか」と前向きに苦手なものに対してもとらえることができる実感があります。

実際翌日確実に体が楽です。

 

 

 

誰もが、責任を全うをする、という言葉だけで自身にムチを打つのはつらいはずです、できれば前向きにやりたいものです。親に怒られ、上司に怒られしながらするのも大事だと思いますが、自身で動けるのは楽のはずです。

 

現代の疲れはインプット(飲食など)解決とは別にアウトプットする方向がこそ必要なのかもしれません。

経済的にさほど動かない分野でまだまだ社会に根を下ろすには時間が必要なのかもしれませんが、インフレーションされ歯止めがきかなくなっているあれこれに対して特効薬のようにも思います。

スワイショウに関してはそれこそ動画時代なのでいくらでもでてくるはずです。

真意はその動きで肩をコリをとる、ということではなく、それは結果であくまで頭を安静状態にすることにあるようです。

ただただ腕を前後ぬぶらぶらしながら、何も考えずゆっくり過ごします。

 

例えば流行のうつ状態、というのはある面で自身のこだわりがつよく、鏡にうつった自分と向き合えない心身症ともいえるんだそうです。

自分の身体というのは本当は自分の「所有物」ではない、自我がすすむとこだわりが強くなり脳が過剰に息苦しくなった状態から少し距離をおいて、その観点から自身を検討することで本当の意味で自分との向き合い、和解できるきっかけになりうるんだそうです。

技術も似ているように思います。

どうしても自己否定から前へ進めることが良しとされがちですが、今の自身と向き合えるからこそ可能性が広がると思います。

入荷と店内

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斑鳩店です。

台数がようやく減ってきました。

売れては入って、でなんとなく減った分増えての繰り返しで何年も過ぎてました。

 

グランドを3台横並びにしておきたいのです、だったのですが、アップライトを横並びにしはじめました。

 

横に並べないと比べにくいのです。

並びは自身だけの趣向でできないところもあって、横並び計画は以前から何度もありましたが、ようやく形に。

グランドも個人的には同じC3 3台も面白いですし、機種違いも面白いです。

 

ついでにアトラスがはいってます。

だいぶ仕上げにちかずいてきていまして、本日ご来店があったのでかるく整音で上品にコーディネイトしておきました。

お客様もそのあたりをお感じになられていて、自身の経験上は、よく「耳が肥えている」という表現がありますが、経験上は皆さま肥えてられますよ。

というか耳で聞かず体で聞いてみてください。

心地よい音や響きは普遍的に体が求めるものです。

その思いに忠実にお選びになられればよいと思います。

ネットの評判などは、個人的に非常に一部のことだけが極端にとりあげられています。

当店ではそのあたりのご質問は中立的にお答えする姿勢を持っているつもりです。

かなり正直に入荷状態やそのメーカーの良いところ、納品後起こりうることなどそれなりに正直にお答えしているつもりです。

 

昨日の記事につながりますが、結局どれを選んでもらってもご納品に仕上げるのが仕事です

この部品が使われているから、この時代のピアノがどうのこうの。

まるでそれだけが独り歩きしています。

そのピアノにはそれ以上に備わっている利点はあまり目を向けられません。また現場の調律師が持ち上げる要素、仕事を無視されているようにも思います。

 

ちなみに上のピアノ、アトラスピアノは188000円です。現在商談中です。(ご成約済み3/10)

こちらもすばらしい高音と正直で飾り気のない中音低音が良いですね。

 

もう少しご来店がつづきますので引き続き店内も改装していかないといけません。

今日の業務

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先日、ディアパソンの125というアップライトをご成約いただきました。

お値段は128000円だったのですが、思い切って78000円にしていたピアノでした。

 

とんでもなくお安いものです。

10万円以下。

自身が18歳程度の時、アップライトピアノの買い替えでチラシなどをみていました。

楽器店へいって習っていた教室のいつもの受付の女のひとへ相談

「そんなん買っても捨てるようなもんで、客寄せのやつやで笑やめとき」

 

それ以下の値段です。

 

中古ピアノ店のお値段のつけかたのいくらかを記載します。

安いピアノについてです

 

・ブランド 

・年式

・状態

 

これが大きいといえます。

こちらのピアノはさらに2本ペダルです。

こちらはブランドこそディアパソンですが、年式は2本ペダルを象徴するように年式もそれなりに経過してます

また、状態としては、外装の問題としてラッカー塗装なので塗面劣化がでてきます。

つまり仕入れもお安いのでお安く提供できるということになります。

 

でも内部は相当しっかりしています。

この時代のものは、ちょこちょこっとやるだけで治ってしまいます。変な壊れ方はしません。

 

今回はダンパーとジャックというところのセンターピンはすべて交換になりました。

しかしそういった場所以外のスキン、フェルトすべて良質な素材なので消耗品すら減っていません。

こういった修理をされていないものであれば、お安いものはあまりお勧めできません。

お安く購入してもタッチはねっとり、音はまばらでどうしようもありません。

 

外装は、もうかまわない。といわれるのであれば含蓄なる音を低価格で存分に楽しめます。

当店でも結構販売をしてきましたが皆さん満足して弾いていただいております。

見た目の問題をクリアできるならディアパソンの無垢な中立音、それを日々楽しんでいただけます。

 

さて、下旬からはいる本体預かりのピアノの部材を仕入れています。

これはマホガニーの板です。

正直なところ、ホームセンターの板でもなんでも代用できますが、初心にもどって楽器としてのピアノとして再度とらえたいとおもい、ベーゼンドルファーの工場では当然のように使われる方法をとることにしました。

 

中古品のKAWAIのCA40の再生です。

状態が良いと何度もここで書いてますが、入荷してそのまま即納できるピアノはありません。

例えば入荷時点でこのピアノが6の性能だったとします。

その他が2や4などで、このピアノは6、それから10を目指してやっていくというだけです。

 

センターピンをとりあえず全交換した後。

スプリングの汚れを落とします。

左の2つは済、右はどろっとよごれてます。

ここはほとんど触られないので、UPしておきます。

これは鍵盤を、さげて抵抗がでるところにぐぐっとテンションがかかったときに決定的な潤滑になります。

 

鍵盤重量を計測、調整しました。

すべての鍵盤を均質にしていくのですが、それなりにたくさんの鉛を使用しました。

この時代のKAWAIのアクションはこの鍵盤まわりの重量配分にやや欠点があります。

それを我々現場調律師が舶来品のようなピアノの精度を求めていきます。

動画をとるために少しづつやっていっています。

KAWAIは随分大きなハンマーを採用してます。

それゆえ暖かく丸みをもって上品に語ることができますが、重さをもちます。

それをクリアしていく過程です。

まあまあ弾けるところまできています。

すでに本体に組み込んでますので、よければ弾きにおこしくださいませ。

後は、大きく大きくピアノを作っていって皆さまに弾いてもらって調整しています。

 

いつになく、中古品がよく動く3月になっています。

一点しかありませんのでご興味あればお早めに。

どれにしてもらっても良いものを作るのが仕事です。

 

面白いと思った話を一つ聞きました。

先日メーカーの方とお話しした際、楽器店の方とお客様が工場へグランドピアノの選定にこられたそうです。

ざざっとお客様が弾いて、同行した調律師へ質問しました

「どれが良いと思いますか?」

 

「どれでもよいですよ」

 

「え??」

 

どれでもよいって・・・。

となりますよね。

その方に考え方はこうです。

こちらのメーカー品なら基本的なところは信用できる、ピアノは調律 整音 整調でどうにだってなる。

だから今の時点の誤差はかまわない。

そう言い切ってしまったそうです。

 

実は自身もこの考え方に近いです。

ここから話を広げたいですが、長くなりそうなのでまたの機会に…。

 

今日の業務

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先日、ディアパソンの125というアップライトをご成約いただきました。

お値段は128000円だったのですが、思い切って78000円にしていたピアノでした。

 

とんでもなくお安いものです。

10万円以下。

自身が18歳程度の時、アップライトピアノの買い替えでチラシなどをみていました。

楽器店へいって習っていた教室のいつもの受付の女のひとへ相談

「そんなん買っても捨てるようなもんで、客寄せのやつやで笑やめとき」

 

それ以下の値段です。

 

中古ピアノ店のお値段のつけかたのいくらかを記載します。

安いピアノについてです

 

・ブランド 

・年式

・状態

 

これが大きいといえます。

こちらのピアノはさらに2本ペダルです。

こちらはブランドこそディアパソンですが、年式は2本ペダルを象徴するように年式もそれなりに経過してます

また、状態としては、外装の問題としてラッカー塗装なので塗面劣化がでてきます。

つまり仕入れもお安いのでお安く提供できるということになります。

 

でも内部は相当しっかりしています。

この時代のものは、ちょこちょこっとやるだけで治ってしまいます。変な壊れ方はしません。

 

今回はダンパーとジャックというところのセンターピンはすべて交換になりました。

しかしそういった場所以外のスキン、フェルトすべて良質な素材なので消耗品すら減っていません。

こういった修理をされていないものであれば、お安いものはあまりお勧めできません。

お安く購入してもタッチはねっとり、音はまばらでどうしようもありません。

 

外装は、もうかまわない。といわれるのであれば含蓄なる音を低価格で存分に楽しめます。

当店でも結構販売をしてきましたが皆さん満足して弾いていただいております。

見た目の問題をクリアできるならディアパソンの無垢な中立音、それを日々楽しんでいただけます。

 

さて、下旬からはいる本体預かりのピアノの部材を仕入れています。

これはマホガニーの板です。

正直なところ、ホームセンターの板でもなんでも代用できますが、初心にもどって楽器としてのピアノとして再度とらえたいとおもい、ベーゼンドルファーの工場では当然のように使われる方法をとることにしました。

 

中古品のKAWAIのCA40の再生です。

状態が良いと何度もここで書いてますが、入荷してそのまま即納できるピアノはありません。

例えば入荷時点でこのピアノが6の性能だったとします。

その他が2や4などで、このピアノは6、それから10を目指してやっていくというだけです。

 

センターピンをとりあえず全交換した後。

スプリングの汚れを落とします。

左の2つは済、右はどろっとよごれてます。

ここはほとんど触られないので、UPしておきます。

これは鍵盤を、さげて抵抗がでるところにぐぐっとテンションがかかったときに決定的な潤滑になります。

 

鍵盤重量を計測、調整しました。

すべての鍵盤を均質にしていくのですが、それなりにたくさんの鉛を使用しました。

この時代のKAWAIのアクションはこの鍵盤まわりの重量配分にやや欠点があります。

それを我々現場調律師が舶来品のようなピアノの精度を求めていきます。

動画をとるために少しづつやっていっています。

KAWAIは随分大きなハンマーを採用してます。

それゆえ暖かく丸みをもって上品に語ることができますが、重さをもちます。

それをクリアしていく過程です。

まあまあ弾けるところまできています。

すでに本体に組み込んでますので、よければ弾きにおこしくださいませ。

後は、大きく大きくピアノを作っていって皆さまに弾いてもらって調整しています。

 

いつになく、中古品がよく動く3月になっています。

一点しかありませんのでご興味あればお早めに。

どれにしてもらっても良いものを作るのが仕事です。

 

面白いと思った話を一つ聞きました。

先日メーカーの方とお話しした際、楽器店の方とお客様が工場へグランドピアノの選定にこられたそうです。

ざざっとお客様が弾いて、同行した調律師へ質問しました

「どれが良いと思いますか?」

 

「どれでもよいですよ」

 

「え??」

 

どれでもよいって・・・。

となりますよね。

その方に考え方はこうです。

こちらのメーカー品なら基本的なところは信用できる、ピアノは調律 整音 整調でどうにだってなる。

だから今の時点の誤差はかまわない。

そう言い切ってしまったそうです。

 

実は自身もこの考え方に近いです。

ここから話を広げたいですが、長くなりそうなのでまたの機会に…。

 

中古品はお早めに

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今年のこの時期はとても中古ピアノがよく動いています。

お問合せも多く、どんどん決まっていっています。

ご興味ある方はなるべくお早めにお問合せ下さい。

 

お勧め品といわれると大変むつかしいです。本当はどれにしていただいても手元にくるときには、すべてお勧め品になるように努めていくもののはずです。

 

さて先日、音楽がきける喫茶店へいってました。

そこには木製でできた巨大スピーカーが設置されていて、極上の音楽を楽しむことができました。

この手の喫茶店は何度かいったことがあるのですが、皆、ききたい曲があるわけですから自身の希望のものがすぐにきけるわけではありません。

だいたいこういったところで聞きたいものがバッハと相場がきまってしまいます。

もちろん、なんでもよいのですが当日はありがたいことにバッハのカンタータが流れていたのです。

割とふらっといってはバッハがリクエストされているのです。

そんな気持ちをもっている方は沢山おられるのかもしれません。

せっかくなので俗世間のチリを落としたい。どこかでそう思っているのかもしれません。

 

次にフライシャーによるドビュッシーでした。

この木製スピーカーの力はすばらしくて、微妙なニュアンス、ピアニストはここまで求めて弾いている。

それがまるで原子のレベルまで聞きわけられるわけです。

そして、その座って聞いている自身をあえてピアノ技術者として座ってみます。

「余計なことはしなくていい、ただ自然の摂理にしたがってほしい、それが楽器と音楽の起源でアルファである、またあなた自身のその体、それが同じ起源をもっているのだから当然だろう」

どこかそんなことが朝顔(スピーカー)から発せられたかのような錯覚、というには具体的すぎるものを聴き取れました。

 

 

 

調律師のレベルに話に移しても、なんだかんだとそれぞれ現代的なものへ変化していってます。

それは時代を求めている需要に対してピアノの設計や素材も変化していってます。

 

それを何かに置き換えようとする過程で異質なものへ変化していっていることがある。

それはそう掻き立てられるもの、動機があってそうしざるを得ないものがあるのである程度しょうがないところもあるんでしょう。

なかなか昔へ戻す、というのはそう簡単なわけはとてもなく、世の中全体が昔に戻らない限り全体としてはほぼ無理だとすらえそうです。

調律師の仕事のレベルとしてあるべき方向としてのものを感じざるをえない経験でした。

 

そこまでいろいろ思索しなくても楽しめる空間です^^

はじめてはあまり難しすぎるのはやめておいてバッハの名曲やパッフェルベルのカノンなんかも聞いてみるとよいかもしれません。奈良にもあります。

バッハの曲は大変精神衛生上すばらしいものがあります、バッハはいつも邪魔しない(余計な事)。

気に病むときはいつも元へもどしてくれます。

左右のバランス

- comments(0) trackbacks(0) gclef

技術のことに関しても、流派のようなものもあれば、こまかくみていくと各々例えば

私は感覚派、私は理論派などどちらかに分類されることがあります。

まわりの技術者などを見渡してもあえていえばどっちといえそうな気がします。

では両方できるというのは、あまり聞かないでもないです。

自分自身どっちになるのか、といわれればすぐに答えることができてしまいますが…、でも両方兼ね備える工夫や時間をもつことが大切なこと、それが最近感じることが増えてきました。

 

そんな当たり前なことが、当たり前ではなかったわけです。

脳のレベルでみても、一生をかけてそのバランスをとりつづけていかないといけない。

そんな見解もあるようです。

 

医学的にもよくやられるこ実験のようなものもありますね。

腕を組んでみてどっちが上にくるか。

自分自身は、計らずもがなといえるのか左が上にきます。

右など、絶対上にこないほどいきたがりません。

 

右脳 左手の運動・・・音楽感覚 空間構成(左手が上に)

 

左脳 右手の運動・・・計算処理 時間連鎖的思考(右手が上に)

 

となるようです。よくもまあうまいこと右脳に音楽と書かれていたものです^^;

よく良いところをのばそうとあります。

でも得意なことも偏った思考や考え方ではどんどんすすんで突き当たったとき、倒れ掛かって下から支えて持ち上げて、立て直してくれるのは反対の性質なのかもしれませんね。

そのために第三者の存在の役割も求めざるを得ないのかもしれません。

 

人材もひょっとして同じなのかもしれませんね。

得意ではない型を求めるというのは自分への切り詰めていくことだと思います。

よく早熟性の高い方も途中まで目覚ましい進歩をみせても、途中いきづまり挫折を味わって努力をはじめた方はアスリートでよく耳にします。それよりまず「やりたい」と思わないと話は終わってはしまいますが、やりたくても届かない時の話です。

はっきり覚えているのはフェンシングの太田選手

「若いころは聞く耳もたなかった、コーチの言うことなんて」

でも結果がでず負け始めた、そのとき自ら指導を志願したんだそうです。

 

ピアニストに移してみて自身が覚えているのはブーニンです

「若いときはどの録音も全く取るに足らない演奏に聞こえた(リパッティとミケランジェリ以外)」

若いときの音楽的発露の弾丸のような演奏から、30歳を超えたあたりに彼の中で音楽が変わり始めます。

 

途中で話がかわってしまいましたが・・。

反対の性質は誰も苦手なもののようです、10年して振り返って、大変きつくいわれたあの言葉この言葉、たとえば仕事においても何度も何度も上司から投げかけられ経験して当時全く認められないと思った言葉もあります。

当時はその心ないと思えた言葉に聞こえても振り返って明らかな不幸だ、と思うことは以外と少ないでしょうか。

(自身としてはここにいて大変ラッキーなのは音楽業界という範囲に絞ってみてもかなり色々な方とお話しをしてきたように思います。これは他の調律師と比べても格別な経験値としてあるのではないかと思っています。経験上は年上であればある人ほど日々聞けない言葉が多いように思います)

 

時期が時期なのでピアノの仕事が増えています。

明日は、以前本番で知り合った力のあるピアニストさんがお店へ遊びにこられるようで面白い話を聞かせていただけそうです。

またご紹介できればと思っています。

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