改良

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今日は、展示販売用のディアパソン木目のタイプのタッチの調整をできるときに見ておこうとみておりました。

DIAPASON 183E

 

タッチまわりの課題、このピアノのタッチの特徴として、鍵盤をおろした中間部のあたりで戻ろうと抵抗をもっていて、それは逆に中間部で上下するにあたって良い効果もあり、それがレガートに対して効果があるともいわれます。

講師の先生などにも弾いてもらって、スタッフにも弾いてもらって客観的なデータをとりました。

 

 

ブログ用とおもっていなかったので、たまたまとれたアクションの写真です。

少しみえづらいのですが、スプリングを外してしまおうということです。

 

グランドピアノの構造でアップライトと違うところ、それはスプリングの量が違います。

アップライトは3つほど使っていて、バネっぽいところが避けられません。

グランドは主に一つだけです。

ディアパソンのこのタイプは目的があって2つあるのですが、2つめを外してしまおうというわけです。

 

簡単にうと改良になります。

改「良」にならないといけないのがこういった仕事の大きなポイントになります。

タッチというのは、極めて自然な落下に対して、優しくつつむクロスの柔軟性と底の強さと、鍵盤のもどりの力加減も大切です。

トータルとして、重い、軽いといった重量のことではありません。

良いか悪いかです。

個人的に、音がどんなに悪くても(というといいすぎですが)決まってタッチで選びます。

タッチ=音なので、音はタッチだからというわけです。

 

そのスプリングを一つ仮にとってみてテストしていました。

やはり縦に落ちやすい、縦に割れやすいタッチがでてきました。

これはディアパソンの大橋タイプの傾向と同じはずです。

この時代はディアパソンの設計図をKAWAIが制作していたので、KAWAIのアクションとなりますからKAWAIのタッチとDIAPASONのタッチはその音色の方向性からするとまったく違う楽器なのでアクション構造が同じというと、ここは大橋DIPAOSNらしい縦割れのタッチであってもよいはずです。

 

当時のKAWAIのアクションに対して、無理にスプリングをとらなくともよいものがでるならそれでよいと思います。

過去にとりたくなったことは実際あまりありません。

 

余計なものがとれて

「本格派、本来のDIAPASON」が少し見えたかな?と感じましたのですべて作業を終えてもう一度検討しなおします。

 

そんなこんなで上記のことを大義名分に…?タッチを調整することにしました。

一旦まとめて、また皆様に弾いてもらおうとおもっています。

入荷状況など

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少しピアノ技術的なところになりますが、非常に微細なところについてです。

指でおさえているところ、ここは0,1mm程度へこますように調整するのですが、ここはピアノによって、ゆとりをもたせる方がよい場合がでてきます。

 

YAMAHAはその寸法できっちりやるほうが初動の硬さがするどさになります。

KAWAIは…。

必ずそうとはいいませんが、KAWAIはKAWAIの良さを発揮しないといけないのですが、ここがぴちぴちにしてしまうと余裕がない音、つまった音へ急激に変化してしまいます。

息抜きのしらない状態になってしまて、鳴りが少し落ちてしまいます。

倍ほど余裕をとると、タッチに空気の層ができたかのように音に広がりとタッチに余裕がうまれてきます。

 

実際ジャックのもどりが、新品のモデルは特にこうしておかないと、実際もどりが悪くなることも多いので留意が必要といえます。

 

ですが、本当はこういった手段の問題ではないと思います。

ピアノはしばしば無残にも技術者へ音やタッチでメッセージを突き付けられます。

その状態に対してどう思うのか?

いくら手段を積み重ねても幹がしっかりしていないと、と思っています。

あまり○○流というのが身にはいらず、聞かされてたまに逆にくだけて力がぬけてしまいます。

 

後は、誤差を拾っていきます。

お客様のところでは限られた時間です、本当に限られています。

その中では、基本的には効果の高いものを優先してざっとまとめます。

そう環境がわるくなければ、湿害がなく、2時間半ほどいただければ、アップライトのような鳴りをグランドっぽく鳴らすことは場合により、ものすごく難しいことではないかもしれません。

逆いうとどんな名器も一般家庭のものは眠っているものが大変多いといえます。

 

我々は作業後

「触ってみてください、どうぞ」と胸を張っていいたいものです。

 

 

イースタイン Bが入ってきました。

すぐに分解してしまって全体がわかりずらいですが前足がくねってまがっているのがわかります。

 

 

くりぬきの鉄骨が採用されているのがBで、これがブリュートナーと同じです。

金の真鍮の板をはってあります。

象牙鍵盤

 

年数を考えると大変規綺麗なアクションといえます。

自身は、入荷した直後は音をだしていなくて、ひきうけを他のスタッフへ任せました。

これからイースタインへしていきます。

 

イースタイン B型入荷予定

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ジークレフは17日から休み明けです。

さて、イースタイン B型がはいってきます。(アップライト)

 

たまに、たとえばC3Bがあったとして

「このBはなんですか?ベーゼンドルファーのBの頭文字をとって仕様がはいってるんですか?

といわれることもあるのですが、それはありません。

KAWAIは文字にちなんだ由来があることも結構あります。

もちろん響き以外になんらかの意味合いという意味ではそれぞれあることかと思いますが、例えばYAMAHAはほとんど、あまりないと思います、数あるモデル内には数点あるかもしれません。

 

それがこのイースタインBは

 Blüthner のB 

ライプティヒの世界的な名器でゴールデントーンといわれるアタックしてから横へ横へ広がるという独特な音の広がり方となによりその音の光沢のある輝きが魅力的な、そう、とても魅力的な郷土色のあるピアノです。

値段もスタインウェイなどと同等程度の最高級ピアノに属します。

その設計をこのイースタインをもっています。

 

 

と同時に「響愁のイースタイン」という一冊の本が存在します。

 

 

仕入れ先より

「イースタイン珍しく4,5台あります。みにこられませんか?」

 

とのことで、早速いってきまして状態は様々でした。

買うならB型、しか考えていませんでした。

 

ブリュートナーを模倣したB型が2台ありました、残りはBではありませんでしたので状態がよくとも検討外でした。

日本の工業力と木工力でその再現率は高く、魅力がのこっていましたので2台のうちどちらにするかに時間はさほどかかりませんでした。

 

外装内装手入れをして再生していきますが、少し時間がかかりそうです。

色目はワインレッドのマホガニーですので見た目も優れています。

できるだけ良い状態でイースタインBを感じていただきたいので適当なところでイースタインというブランドだけの安く販売していては全く意味を成しませんので、少し時間をいただく予定です。

 

お値段も修理の量で変わりますが、30万程度かな、といった感じです。

シュベスターのように、少し違ったピアノで価値のあるオンリーワンのピアノをお選びになる方へお勧めです、本当に魅力ある国産の数少ないピアノです。

またご報告いたします。

 

休業中に、御世話になっている方々とご一緒させていただいた時のイタリアンのお店にて。

ちょうど、生演奏をしてくれていました。

少なくなりましたよね。レストラン演奏。

グランド一台あれば、テープルおける。その発想も一理あります。

 

時間も閉店前でしたので貸し切りで演奏をきかせていただきました。

音楽はジャズでインプロバイズされたもので雰囲気を出してくれました。

生は生の意義があります。何度も再生された音楽ではない生きた語りがあります。

遠回りする余裕こそ歩く価値もありそうですよね。

 

職業的にすぐに気になるのがピアノと奏者の関係など・・。

勿論ピアノに触れてませんが、結構ピアノ自体結構重いタッチだろうといった印象の雰囲気で、つい「どうですか?」ときいてみたくなります。

音はKAWAIらしい重みのある響きでした。

職業柄ついつい触りにいきたくなりますね。

 

翼一杯に広げて

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今日は、夜にピアノの調整をしていました。

出荷前のGPです。

部品を交換したので、交換された部品はまだまだ柔らかく、ある程度弾きなれて固まるまでどんどん変化します。

 

ハンマーの並びがガタガタになっています。

これほど部品交換するほどに手間がついてまわります。

 

これを直すのにさほど時間はかかりませんが、クロスやフェルト類はある程度繰り返し調整しないといけません。

やるほどに手間や時間、色々なものがかかります。

 

一台出荷、これは年々慣れて楽になるのかというと全くそうではありません。

毎回毎回もういやになるほど課題が増えて山積するばかりです。

積み上げられたものを一つ一つ消化していく感じです。

 

 

次は先日お伺いしたC2のGP。

まだ1990年少しあたりの製造のピアノでC1やC2は割と新しいものになるはずです

C3や5はもう少し前からあるはずです。

 

このあたらしい時代は時代で課題が結構あります。

一年後、殺伐とした冷え切った高音になりやすく、タッチが重くなりやすくこれはこれは過去のモデルとは違う変化をもちます。

十分にいきとどいたものであれば、なるほどと思わせるものがでてきますが、新しめのCほど手入れが肝心で、ごまかしがきかないほど冷え切った音質と切れないタッチが全面に出てくるように思います。

 

 

逆にKAWAIは70年や80年のものより以後の比較的あたらしいタイプを煮詰める方が良いラインに乗ってきやすく、上品な音色を持たせるのにあまり労力がいらない印象をもちます。

基本的に新規でよんでいただいてよい状態のGPは本当に少なく、どれもこれもやってみないと本当の個性は見えてきません。

 

 

さてお盆の休業に入らせていただいております。

上半期とはいつからいつまでなのか、実はよく把握していないのですが、この時期にそう感じてしまうことが多いです。

今年も、というべきなのか振り返って振り返れない空洞、やはりあります。

 

単純に、後悔、と一般的に呼ばれるものとは違うのですが、また、目の前のことを著しくおざなりにして事をすすめているわけではないつもりですが、振り返り得る時間にすることはなかなかむつかしいです。

ピアノの調律という、一定の秩序を与えていく仕事をしているにも関わらずでなんとも少し笑われそうな気もします笑

 

なぜいちいちこねくり回してはわざわざ笑えないものにしていかなければならないのか、というのはなかなか由々しき問題だと思っています。

今年もなによりピアノ自身から、そしてどちらかというと自分よりずっと年下の人からそんなことを感じさせてもらった気がします。

 

「音の翼、歌の翼を目一杯、限界を超えて」

 

 

欲しなければすぐにでもあやかれるその恩恵に、自身より遥か若い奏者、また、日々体感している年配の方に沢山の音としてのメッセージをいただいたと今振り返っては確かにそう思います。

そこに自己犠牲でない本当の日々の精一杯があるのは、ピアノと出会いがくれる確かなメッセージであることは間違いなさそうです。

 

そんな翼をもっている人は広げようと思わないから広がるというのはこれまた本当にうまくできています。

 

夏季休暇も良い充電になりそうです。

雨の中の試練

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先日の仕事のことです。

放送用のピアノの調律の仕事でした。

 

前日におおよそピアノの状態を整えておいて、当日の早朝3時台から現場へ入り、ピアノを本番用に再調整をしにいきます。

そして、生中継を通して8時頃までその場で立ち合っているのですが、今回はかなり大変な仕事になってしまいました。

 

まず現場が野外なのです。

ちょうど、そう、台風がきていました。

雨なら野外設置のピアノは使用をしないて屋根のある場所のピアノを使用する、そういった段取りでした。

前日は「台風はまあまだこないようでなんとかなやろ」スタッフ間でそんな話をしてました。

 

甘かったです。

台風到着前でしたがかなり降り始めました。

 

当日、3時台に現場へついて

「今日はどっちになりますか?かなり降ってますね。屋根の方ですよね・・。」

 

雨用に上に屋根がありますが、ピアノの配置は極めて外側、微量の雨がかかるほどのセッティングになっていました。

完全にシャットアウトされているところならまだしも、さすがにこれは厳しいです。

 

直接雨がかかる云々より、もう雨の野外なんてとてもとても厳しい環境で、さらに生で中継されていますからこれは大変な状況に追い込まれました。

しかし求められたことはやらないと。

イベントは主に、音響さんや舞台さん、主催者の方や色々な方で一つのものを作っていきますが

 

「お互いはお互いの仕事は全うする前提」で進んでいきます。

 

普通にできて当たり前、いかにより良くするか。

その普通が大変な困難な状況になったということでした。

 

前日、除湿器をピアノに仕込んでおきました。

しかし屋根を空けてマイクで拾いますから開けた瞬間効果が弱くなりますし、それも検討しておく必要があります。

 

夜明け前にピアノの前にいって、まず状態をチェック。

もう調律の直しとかそういう次元ではなく、とにかく本番トラブルがないこと。

今回はまずそれだけを考えて。

 

覆ったカバーをあけてピアノの蓋をはずすとどんどんタッチがかわっていきます。

湿度があがって、アクションのトルクがどんどん固くなっていきます。

これがすすめばスティックといって音がでなくなり、ピアノとして弾けなくなってきます。

 

ピアノがこの環境でどこまで変化しきったのかを見届けて各部のトルク調整、アクションの多くの部分に部品に鉱物系の潤滑剤をいれたり、木部を抑え込んだり、なんとか60分もたせないと…。

 

また奏者の方はもう何度かごいっしょさせていただいていて、こぎみ味良くカラフルなタッチをもっている方で、いわゆる良い音で常に弾くタイプ、美しい音だけで弾くタイプの奏者の方です。

ピアニストのシフなどもこういったピアニストかと思います。

(こうった先生にピアノを習うと本当にツボの得た良い音のヒントをくれると思います)

こういった方は常に重いタッチを敬遠されます、口でフーっと吹くと鍵盤がさがるほど軽いのが好まれます。それも見通すとかなり調整しておかないと…。

 

実は前日、もう一台の予備のピアノは奏者にチェックしてもらっていました。

もう何度か会っているのでポイントは押さえておいたつもりです。しかし

 

「ありがとうございました、明日もよろしくお願いします」

もちろんありがたいお言葉なんですが、気にいってもらったピアノの状態の場合は、こちらからおうかがいしなくても、よい印象をおのずと話してくれるものです、それがありませんでした、今回がはじめてでした。いつも良い印象で話してくれるのですが。

 

どこでボタン掛け違いたのか、タッチがやや重めだったのでそれが最後まで引きずったのか・・・?

 

そして当日の方、もうとにかく背中でジャジャブリの雨の隣のピアノ、もうとにかく無事に60分耐えてほしいピアノの方。

到着されて弾かれる前に

 

「なんとか60分無事でいけるようにやっておいたつもりですが、屋根をあけてどんどん湿度を含んだ外気がはいってきます、短期間でどんどんタッチが変化します」

 

「はい、でも今の状態でしたら弾きやすいですよ」

 

そんなこんなで一層胃の痛い時間が始まりました。

とにかく無事で。

なんとか60分もちました。

もう精神的にタフすぎて参ってしまいました。

とにかく安堵とともに、帰る準備を始めてウロウロと。

 

主催者側の方から声をかけられて

 

「あの、ピアニストの方が調律の方と会いたいとのことです」

 

「???」

 

いってみて

 

「ありがとうございました、あなたがいってたタッチの変化がわかりました、少し経過して あ!これかと思いました。それから昨日のもう一台、とても古いヤマハでしたが、とても音が良くってハンマーのフェルトの硬さがうまくできていました」

 

とりあえず昨日のも気に入ってくれていたようでした。

 

もっとリアルに記事にしたい出来事でしたが精神的な厳しさでは過去の3本の指にはいるものでした。

ただこういったの経験は疲労が徐々に気化した後、技術者としての立場に少なからずの変化をもたらします。

 

ピアノは「弾かれるもの」なわけで、誰か、何かに求められる以上、我々はその場に適したピアノに調整するのが仕事です。

時にリスクがある場合もあるでしょうが、だからといって避けてつづけていては、われわれの存在意義は薄くなるように思います。

我々は広く力強く「音楽」の根本原理に根差した仕事であることが大事だと思います。

 

表に現れるもの

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かなりピアノから飛躍した記事になりそうです。

以前、学生時代料理店でアルバイトをしていた時のことです。

男女10人ほどアルバイトがいてまして、休憩時間やオフは特にこういった料理店などはつながりが多くもてることは大きなメリットで、色々な知り合いができるわけですが、その中で非常にモテる女の子がいました。

自分自身、入店したその初日、控え室を除いたその日からオーラをもったその雰囲気は異彩でした。

 

「まあえらくかわいい子」がいてる

とすぐに感じました。

 

彼女は自身のことを

「正直、私は多分めちゃくちゃモテて生きてるのは事実や」

と、誇らしげを超えた、あまりに当たり前のことを、異性を引くに何の造作がある?

と、その口ぶりは、若くして貫禄すら感じさせました。

 

休憩時間には皆でワイワイと話す中で年頃のメンバー達ですから男女の話になるわけです。

どんなが良い、嫌などなど。

 

その中であなたは?

彼女に話しがふられました。

そこで彼女が言った言葉が

 

「男は、顔やで」

 

皆、!!!といった印象でした。

動揺したその場で彼女はこう続けました。

 

「やから顔にでるんやって性格とか・・。」

 

彼女の言葉は今でもはっきり覚えています。

 

内なるものは外に現れる。

あまりに俗っぽい話からではありますが、確かにそうかもしれません。

なにか近づきたくなる魅力的な顔はそういった顔を、気の短い人は頭に気血があがりやすい顔を、その歴史を顔に刻んているのかもしれません。おおらかな方はその広さを感じさせる顔をしているのかもしれません。

底の知れない人は底知れない顔をしています。

40超えればその顔に責任を持たなければならない、そんな言葉が中国にあるようです。

 

ダリは

「天才になるには天才のふりを」

そんな言葉を言ったそうです。

 

さて、その彼女、当人自身はどんな人だったか。

背丈は女性として一般的、当時一世を風靡した歌手によくにていて化粧が映えて、性格はその場その場に合わせて話ができる、合わせれるのではなくて、その場所自体の心地よい立ち位置として立って楽しめる、社会情勢から俗っぽいことには一通り精通していてすぐ答えがくる、年下なら年下になれる、年上なら年上になれる。また、怒った時は怒ったときなりの答えがかえってくるし、相手が沈んだら沈んだなりの答えがかえってくる。

 

そう、その人の気持ちになれる人でした。

それは仮面をかぶった気遣いではない、その当人の気持になって話ができる人だったかもしれません。

それだけについ男性も頼りかかってしまいそうになる、添木になってくれるとても魅力的な女の子でした。

社会的な知性と適度な世俗性と母性、さらには男性を持ち合わした女性でした。

でもどこか最後のひとしずく、それはなにか満たされない寂しさをもっていたように思います。

どどめは鮮烈な美貌をもっていたのでもてるはずです。

若くしてよくできた、虜にしていっては振り払らいきらずといった女の子で決して歩みの軽い顔ではありませんでした。

それを自身の経験、それを咎にしないで受け入れた、きっと経験に対して肯定的な歩みをもっていた方だったのではないかと。きっとそうなんだと思います。

経験を咎にしない。

大らかなで丸い年上の人こそ魅力的です。

これは人の魅力として大きな大きな分かれ道になるかもしれませんね。

 

大好きなピアニスト エドウィン・フィッシャー

彼の天衣無縫のモーツアルトはまさに人物そのもののよう。

晩年の天真爛漫なホロヴィッツへつながっているのは興味深いです。

子供なりに感じた金言

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「強いもんが勝つんやない、勝ったもんが強いんや」

 

ここで色々と書かせていただいているのですが、実は文字や言葉が結構苦手でそれは小さい頃から同じです。

でも小さいなりに感心してしまった言葉というがあるものです。

 

 

自身がまだまだ学生の時、辰吉丈一郎というボクサーが現役で影響力を放っていました。

彼はチャンプを下りてからも、いつもほしいのはチャンピオンだけ、快楽はいらん。といっていました。

練習量も、彼が入ってくるとあまりに過酷な練習をするもので、他の若い選手に「悪影響」を及ぼすほどだったそうです。

当時ボクシングは人気があって視聴率が50パーセントを軽く超えていたようです。

 

その後も影響力のある人物として知られています。

先日彼が放った言葉のひとかけらが目に入りました。

上の言葉は当時の自身にとってあまり意味がわかるものではありませんでした。

 

先日のことです

 

「人は望むものは一つでええ、あれもこれも…そうなると人はすぐ今まで受けた恩を忘れてしまうんや」

 

なんとも胸にささりました。

一つの自己実現を本気で向き合えるものがある人、その時間、その瞬間を持てる人は他に代えがたい時間をもてる、とすればその溢れた満足感、その溢れたものは他へ人へ与えるしかない。

 

「人は本当に苦労をしている時は、それを苦労と思わんのとちゃいます、一生懸命やっとったらそれにきずかんのとちゃいます、苦労した頑張った、と口でいっている人は苦労なんかしてないんですよ」

 

 

受けた恩を忘れる、ああ・・本当に胸が来ますね・・・。

 

そんな彼のことをまだまだ学生ながらに、いちボクサーを超えたものを感じていました。

ボクシングは好きでよく見ます、ゴングが鳴り終えれば笑顔でお互いを讃え合えるなんてすばらしいですよね。

 

冒頭の言葉は、今仕事を通じて痛感することです。

何をピアノに言葉添えをしても同じで、出たもの感じたものがすべてなんだと。

音楽会でも同じ、聞いて感じて心が躍動すればそれ以上のものはない、少なくとも自分はそう思います。

ダヴィッド同盟

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先日、発表会でした。

自身は途中でピアノの仕事の方へ移動しましたが、途中までうろうろして演奏を聞いてました。

それに、彼がきてくれる日。

 

先日、自身の発表、自身も発表。

これは自分自身が演奏、というわけではありません笑

以前から思っていたこと、これはかなり前から感じていたことです。

 

調律の外回り、またGPを購入していただいた方に多いかもしれませんが、色々な奏者の方々との出会いになっています。

 

ただただ「生きた音楽をもっと広く聞いてもらいたい」

 

そんなすばらしい奏者の方々、それは思いを巡らせて5.6人はすぐに出てきます。

その方々を皆さんにご紹介したい。というわけです。

 

 

ただ、一つの形式としてコンサートをつくったとして、会場を用意して段取りして、入場料は、その他いろいろな問題があふれてきます。

そこでふとおもったのが、当教室の発表会で。

 

高校生の男の子でした。

ピアノを一年ほど前購入していただいたお客様です。

自己表現が好きで、音楽がすき、そんな気持ちが目に見えるし音にでているし、教室の生徒さんの目標になれば・・。?だけではありません、もっと広く広く、彼はできると思いました。

 

調律の時

「どうかな?曲どうしよう、あれかなこれかな」

 

「いいですよ!両方練習しときます!」

 

そんなこんなで実際に自分自身としても会社内としても突貫で貫きました。

 

当日衣装を着て、きていただいて。

舞台裏にて

「ありがとう、宜しくお願いします」

 

演奏がはじまりました。

静かに、ピアニシモではじめました。

 

会場は水を打ったように静かになりました。

 

 

なにがはじまった??

 

これは舞台裏でも同様に起こりました。

順番待ちのお子様、先生、スタッフ、次の段取りわすれて舞台そでから皆が皆、集まりはじめて

 

どんどん演奏は波が波を作って津波にとなり、その大きな大胆な身振りが音楽と混然一体となって音の渦になりはじめて。

 

「何がはじまった、誰!?」

 

その渦は会場の隅々まで秩序を乱しきった後、劇的な和音をもってしてすべてを余韻として残すべく、そのエネルギーは終止和音という限られたところへなんとか落ち着き、溢れ出たまま無理やり終結を迎えました。

 

保護者の方々から拍手から盛大な拍手が送られました。

 

その後、ホワイエで

「誰ですか?」

「あんなに弾けたら楽しいでしょう」

「ああゆう風になってほしくて、はじめさせたんですが」

 

あえて細かいことは省略させていただくとして、こういった運びにするにあたって、色々なことも考えられましたし、実際簡単ではありませんでした。

でもその答えは

 

「結局彼は正しい」

 

自分は強くそう思っていますし、結果そうなったと思います。

本質の欠いた、つじつま合わせはもう・・。

 

受けた衝動や感じて動かされた感動にわざわざ注釈たてる必要がよくわかりません。

それはもう違う市場の価値観に覆われていることでしょう。

自分が思った事を強く聞いている人へ届けたい、届けたいから届けようとする。

自分は自身の立場で彼を皆様にご紹介、届けたかった。

 

よくわからない形式主義の手法で彼のように会場へ、舞台裏まで(!)届けれるとは自分は思いません。

プロのピアニストさんもお仕事ではご一緒させていただくことは当然でてきますが

「この人」と思える方は何もプロだけでは全くありません。

 

モーツアルトが言ったように

それこそ「音楽がヒューマンである」ということのように思います。

音楽教室とあらばそれを毎週レッスンという形で皆きていただいているわけなんですね。

 

すばらしい時間をありがとう^^

鍵盤交換など

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鍵盤まわりの修理です。

赤いところなどのクロスやその他を交換していきます。

グランドピアノの出荷にあたっては多くのピアノはここを交換して出荷します。

 

黒鍵を木材の天然黒檀へ交換する作業で、ノミではがしていきます。

加熱はしません。

ドイツ製。

国産の入荷ができなくなっています、これからもうしばらく手に入らないのかドイツ製はまだいけます。

ドイツ製になるので以前より高価になります。

実用性は高いのがドイツ製のよいところです。

 

はがしおえたらサンディングをします

膠で接着。

動物のゼラチン質です。

少しマットな雰囲気になります。

天然の木材なので肌触りは抜群です。

ドイツ製の交換で5万~6万円にて出張交換も対応します。

こんな感じの仕上がりになります。

すべて交換しました。

今から少し細かなところを調整していきます。

お値段からいうと、ものすごい高価というわけではありませんので国産も手に入らなくなってきましたので、というか手に入りません。ご希望の方はお早めに。

こちらはKAWAIのGPですが、アップライトでも対応可能です。

 

あちこちディアパソン183 事務所で調整中。

ここもコテは使いません。

火は、木材の変化がわかりやすく微調整がききます。

技術ごと、突き詰めると

「知ってるのか、できるのか」

そう言う方がおられます、調律師ではありませんが、確かに一理ありそうです。

知ってるだけではインテリになってしまいますね。

色々な部品が入荷してきます。

こちらはドイツの有名なサプライヤ、ヤーン社のウールパンチング、純正は合成繊維です。

ベースアップしておきます。

「ベースアップ」です、基礎が持ち上がるということです。

こんなすごいことはありません、先端の装飾は時にもろく弱いです。

人体というのベースアップ、経験上、それは自然に戻すこと。

手が届かなければ手を伸ばす、それでも届かなければ棒をつかって、本当は単純なことなんですが・・・。

知らぬまに違うものにとってかわってしまう時こそ見失ってますね。

 

今週末はまた発表会です。

第一部で、調律でお会いした一人のお客様に飛び込みでご参加をお願いしました。

この子は、面白い!ぜひご紹介したいと思いました。

 

千本桜と報道ステーションのテーマを弾いてくれる予定で楽しみです。

 

これも自身の立場からの「発表」です。

黒鍵の黒檀も自分からのお客様へのご提案であり、発表でもあります。

良いものは伝えたいと思うものですね。

 

ピアノはディアパソンも内部から急ピッチで進めています。

お問合せがすでに重複しています。

ご希望の方は順番にご案内いたします、お待ちくださいませ。

 

信じ切るのは難しい

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毎度毎度思うことですが、信じ切るのは大変なことと頭を抱えるたび思います。

ここでも何度か書いておりますが、ピアノを信じる、基本的にこの考え方の延長線上に我々、少なくとも自分は身を置いておきたいし、置くべきだと思っています。

 

でもそれができない、というかでききれないくらい悩むことがあります。

他の要素のせいにどうしてもしたくなる時がでてきます。

 

一つの例をあげてみます。

ピアノ自体が新品のときは当然第一整音されてでてきます、修理の時、新しいハンマーへ交換というのは、何度かかいておりますが、ハンマーが真っさらな無垢な状態といえます。

色々な噂で工場ですでにいるかの針がはいっている、といったこともささやかれたりそうでなかったり。

ですが、基本的には入っていない、相当に入れていかねばなりません。

なぜそうわかっているのに、いれていけないのか

「音がでていないのに、針を入れてさらに柔らかくしていかねばならない」からという逆説的なことを成立させていかねばならないからといえます。

そしてその第一整音がわるければ未来永劫おなじ性質をもちつづけるというむつかしさをもってます。

 

稀にそのままで使えました、そんな言葉を聞くことがありますが、おそらくそのままで使えたならもっと入れていくとよくなるはずです。

 

訪問したホールでのフルコンサート YAMAHA 

こちらのピアノに最近ハンマーが交換されていました。

技術者もこの作業は相当慎重なはずです。

 

 

いくら本体が良くても良い第一整音がなされてなければ良い響板、駒、鉄骨、設計、全く意味をなしません。

単純に鳴らないピアノになります。

 

新品のハンマーというのは、簡単にいうと石のような状態で、使い切ったハンマーはラグビーボールのようにどこへとんでいくかわからない繊維が荒れ切った状態です。

石は石なので方向性はある一定のめどはつきますが、横への響きの動きの問題で石は跳ねかえるは良くないはずです。

スーパーボールのように弾性を与えてはねさせていくのが新品のハンマーの大きな仕事、整音の領域といえそうです。

これがなんともマニュアル化が全くされていません、実際できないといってしまえばそれまでですが、確かにピアノに対して相性がありますから針数、角度、強さまったく異なってきます。

でもあまりに振り幅が大きすぎるだろう、そういうわけでした。

 

この問題は実際性が高い問題です。

ここで躓いて作業自体をあきらめた技術者を何人も知っています。

「もう近づくまい」

 

ここの問題に対して一定のマニュアル、自身にとっての定義付け、それはずっと心にある課題で今もそうです。

それほど難しいことといえます。

この問題に直面しては何度も何度も辛酸をなめてきました。

悩むほどに物事が解決へ向かうなんて信じられないと思うほどに、これほど長く課題をもっていることは他にありません。

 

最近一つの答えが出ようとしています。

結果は、やはり技術の問題でした。

ピアノはいつも動じない、技術者はピアノにとって厄介ごとを降り注いでいるだけのように感じます。

専門的なことは割愛させていただきますが、まあなんとも単純なことでした。

 

ランランは「一歩一歩すすめば夢は叶う」と言ってました。

振り返るとやはり一歩一歩なのかな??

でも体系的なものに頼って自分を安心させたいというものと常に寄り添っていかねばならないのかもしれません。

 

しかししかしこうして音色の普遍性を自分なりに感じてピッカーをもってハンマーをもって。

技術者以前に音楽に接する時間がそもそも長い生活がなんとも功を奏していると思います。

 

タイムリーに、お客様よりレンナーにハンマーを最近かえたけど調子が悪いから見てほしと連絡がありました。

ちょっと様子を見に行ってきます。恐らくです上記の問題プラスに土台のレベルを上げることになるとは思います。

 

 

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