1000の思い

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自身にとっての中医の先生が死んだと訃報がはいってきました。

先生といっても彼の著書を通してのことで、もちろん面識はなくて、でも自身に多くの少なくの、「あるがまま故に」と、その感受性を自身に残した人ともいえる人でした。

自分に先生という先生はあまりいない、バッハやべートーベン、シューベルトなど以外となるとなかなか思い浮かべられないからきっと特別な人だったんだろう。

あまりの近日の不摂生から身体からの願いだったのか、たまには著書でも見返すかと、数年ぶりにきちんと見直していた翌日のことでした。

 

今日は、山小屋のようなお家への調律でした。

森の中で息が長く、虫がはいってくるから虫よけがあって、冬は薪で暖炉をとって暖めるものはその余熱で暖める。

そんなお家で小さなYAMAHAのピアノ。お人も暖かく、少しはピアノに対しても調律を通して音になってくれたかなと。


先日は、新規のお客様、久しぶりの調律でアクションが破損、オーダー箇所のアクションの修理にプラス見えないところを手を入れてタッチにしていきます。納品してはせめてとネジをまわして再開しはじめたピアノに少しでも手元を楽にしてもらえたらと。サービスの箇所は何も言及せずとしておきます。

おとといは、ピアノの状態見の確認のオーダーでした。今後の使用用途をお聞きして自身の経験とお客様の求めている結果を整えて、言葉にします。

その前後で、お客様の体調まわりのお話をきかせていただいて、笑いと医学のことを教わりました。

 

影響を受けえることをすべて、できるだけ高い純度で盤上に残しつづけることが自身にとっての「中医の花を咲かせる」ということであり、受けたすべてことに対して敬意を表しつづけることだと思っています。

 

このブログが1000の記事に到達しました。

節目や記念日というものがそもそもあまり興味がなくて叱られるほどですが、少し前から気になり始めていたことです。

こういった気持ちをもって1000に達し、よぎることは偶然なのか必然なのか、きっと答えは2000が持っていることかと思っています。

これからもその花を咲かせることに対していくらかの役割意識をもってみてもよいのかなと思っている次第です。

 

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