ピアノレッスン

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NHKにおいてスーパーピアノレッスン。というものがありました。
以前から超一流のピアニストが、すでにある程度できている生徒に対して、レッスンをする番組です。時には国内でバリバリに活躍しているピアニストも含んだ回もありました。

これは講師に、過去にはカツァリス、ピリスやルイサダ、シフといった最前線で活躍するピアニストからレッスンを受けるという大変贅沢な企画でした。

この中でもっとも印象的に残っているのはアレクサンドル・トラッゼのレッスンのおいて。
歴代の講師の中でも、自分も「彼はクライバーンの覇者だったかな?」程度であまり予備知識がなかったのです。
演奏もまったくきいたことがありませんでした。あまり期待も実はなかったりしました。


ところが彼のレッスン、あえていえばチャイコフスキーの1番のレッスンがとてもとても印象にのこっています。

場所はチャイコフスキー1番の最高に美しい、光が差してくる有名なカデンツァにおいて
生徒の日本人のピアニストは的確な演奏でそれなりに要所をまとめる演奏をします。

トラッゼは彼女の中から何が奏でられるのか
彼は上を向いて口をあけて感じようとします。
そして彼女は立派に弾き終えて・・。

トラッゼは険しい顔で
「あなたは何を伝えようとしていますか?・・・いいですか、あなたは何を伝えようとしていますか?」

「・・・二人の人物が・・・」

「それならそのように演奏してください、今の演奏では一人しかでてきません、しかも多くを語りませんもっと歌ってください、若くて美しいあなたには何かあるはずです、それを演奏に出さないと・・・名演奏家のように弾くのではなく、あなたの人間性、魂を見えるように」

「・・・私はここに悲劇を感じます」

「いいでしょう、でしたらそのように弾いてください、あなたは指だけで弾いています。魂で演奏してください」

このようなくだりがありました。
ここだけは鮮明に覚えています。

・彼女が何か伝えるのかを上を向いて何とか感じようとしたこと。
・トラッゼが、非常に険しい表情で彼女へどうしても伝えようとしたこと。
ここまで険しい顔で悩む教師の姿は見たことがありません。

通常は「ここはこうだからこう弾いて、ここは作者は○○を表現しているのでこう弾いて」といった具合だとレッスンもスムーズかと思います。教える方も労力も時間もあまりいらないのかもしれません。
しかしそれだけでは、根本的なところは解決できず、外的に付け加えられただけで本人の深層まで届かず心からの表情に結局繋がらないからそうしたのだと思います。

(下は鈴木さん、何度かレクチャーやコンサートは聞きました。)

このことは以前鈴木弘尚さんから直接聞いたことがある話と良く似ています。
自分はリストの話をしている途中だったのですが、彼がなぜか鉛筆でのレッスンについて言及しました。

「本当に表現したいものがあれば、指じゃなくても、それが鉛筆でも同じ音がでます、ロシアの先生に習っていた時教わりました、」と言われました。

(鈴木さんは研ぎ澄まされた高度な集中力と、時に冷たい音色が寂しく暖かい・・・そんなピアニストです。)

これはモーツアルトが「鼻で弾いてもよい」
ミケランジェリが「良い音がでれば足で弾いてもかまわない」
といった言葉と大変良く似ています。

要は何を伝えたいのか、形は後で付いてくる結果のようなもの。
ということと解釈できることかと思います。

これは何もチャイコフスキーの大曲でなくともブルグミュラーの小さな小品でもきっと同じように思います。
何も一般的には検討違いの解釈でも本人が本当にそう思い強く表現したいと思えばそれでよい、それが大切で人に届く。
そういった音が教室内でも聞こえれば何かうれしいですね。
youtubeでたまたまヒットしたので、思い出して何とか自分なりにここで「伝えたい」とおもいました。

もしよければyoutubeでトラーゼで検索したらでてきますのでご興味ある方は見てみてください^^
(それとチャイコフスキーの1番は冒頭のだけが一般的に有名ですが、そのあと1楽章だけで長々と続くのですが、「これだけすばらしい曲があるのか」というほどすばらしい展開が待ってますよ)




 
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