思いがけない言葉の思い出

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調律師の仕事は、色々な出会いもあります、ピアノはそうですし、人もそうですし、その中で忘れられない言葉もあります。

今日は、大阪の方への訪問のお約束のお電話をしていました。

 

そこはライブスタジオのようなところなのですが、予定のお電話打ち合わせをさせていただいて…。

「あ、ちょうど来ておられますよ(紹介してもらったご本人)かわりましょうか?」

 

「ご無沙汰です、ちょうど来られる時間に私もきておきますよ、宜しく」

 

とのこと。

こちらのスタジオはそのギターの先生に紹介していただきました。

 

(ジークレフの事務所のご紹介)

 

以前ここでも書いたことがありますが、色々とご縁もあってお世話になって恩返しのつもりで定期的な演奏のお仕事において自分自身の仕事先でのジャズバーのマスターからきっかけをもらってきて、それを先生へお電話でお伝えしたことでした。

 

喜んでいただけると思いきや

「…。私とあなたとお店、どなたかの一人でもメリットがある、お役に立てるのであればお仕事はお受けします」

 

と言われてしまいました。

アクセスとしては先生のお住まいからは少しあったこと、ジークレフとしては実質的な利益は特になし、バーにとってもこういったところではだいたい定期的な奏者がまわしていることがおおいもので、実際、お店としても「まあそういわれるのであれば一度試めしにきてもらいましょうか」といったものでしたから。

そこまで自分の言葉や雰囲気、その経験で彼は理解していたのでしょう。

 

実際、演奏にいってもらえれば人柄とバーの雰囲気にも合いそうでお互いに意味はあると思ったのですが、どこまでの確立で成立させれるものか、実際それは想像の範囲でしかなく自身の気持ちが勝ってしまっていたことを見透かされ、突き付けられました。

 

また、自分も含めて誰かのためになるなら、ということに自分にない景気を見せられてしまったこともあったでしょう。

結局仕事は進めませんでした。

反省とともに、言葉で景色が広がることはあまりないことで忘れられないことでした(7年ほど前でしょうか)

今年は何を言われるのか。

 

(ブルグミュラーばっかり並んでいます。

ブルグミュラーコンクール?なんでもあるんですね。

余談ですが、今日、ある先生がグレンツェンコンクールというのに生徒様をお出しされたようですが、おもった結果がでなかったわ、とのことでした。ご本人は「認められたいから」コンクールには出続けたいとのことでした)

ピアノコンクールはショパンとエリザベトとチャイコフスキーやリーズくらいしか知りませんでしたが、ちびっ子のコンクールも実にたくさんあるようです)

 

さあ、調律当日は気づきになるのか出会いになるのか忘れになるのか(忘れ物ではないですよ)でしょうか。

こうみると思いがけない言葉というのはあまりないことなのでしょうか。

 

さて今日、最後の出張先でピアノの小修理がありました。

ハンマーシャンクが痛んでます

これは、使用からではないでしょう。

おそらく技術者さんがアクションの出し入れで破損させてしまった感じです。

 

新しいボンドがついていましたのでおそらくそうです、二か所いたんで、音がでなくなっていました。

でもこの失敗は調律師の中でかなりポピュラーでなにげないときにやってしまうことがあります。

自分がやってしまったときは接着修理はせず、部品交換で治すようにします。

ここは、弾く度に強い力がかかりやすく、接着ではかなりあやふやになります。

接着がとれれば音はでなくなります。

 

こういった外から力がかからなければここは滅多に破損はないですが、クロスや汚れは蓄積します。

学校さんでしたが、ライトを一つにすると視覚的に他にない景色が見えました。

 

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