囲まれて作業

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今日は、サロンコンサートの調律に呼ばれて行ってきました。

お椅子ひとつひとつとっても絵になるものばかりで、斑鳩店内もこうならないかと…。

すべて骨董のようなものばかりとのことで、時代の空気を吸ってきました。

ピアノも1900年以前のピアノで、現代のアクションとは違います。

 

ピアノの方も、あちこち修理しながらの作業でかなり大変でした。

現代のアクションは基本的に、調整しやすいようネジがついています。

この年代になれば少しの調整はフェルトごと交換したりしないといけません。

 

 

皮は膨らみ、回転軸はにぶく、現代の部品を組み合わせて治していきます。

ハープペダルは固定するには木工で部品を足してあげる必要がありました。

調律もかなり落ち込んでいて、2回以上調律してなんだかんだとなんだと一通りやるだけで21時までかかってしまいました。

さすがにこれ以上いては迷惑という時間だったので失礼しました。

何回もお茶とお菓子をいただきながら…。

 

こういった時代のものを弾くと現代のピアノがもっていないものを感じざるを得ません。

ハンマー一つとっても未だ整音可能です。削れば毛足の長いふわっとした毛が舞います。

音を華やかにするカポダストロバーもアリコートついてません、むしろそれは過剰といゆわんばかりに逆に遮るように作られているわけです。そして作業すればきちんと鳴ってくるわけです。

 

国内でもホール、といえば現代建築、音響的な数値から打ち出された「確かなホール」が多いかとおもいますが、というか西洋のように当時そのまま、という歴史がないといえばないからとなってしまうかもしれませんが、改装された古民家やお寺の本堂でも形や数字的なものでは勝負はできないのかもしれませんが、木材と肌と響きあえる空気は確かにあるように思うし、そこで囲むべきものが生まれるように感じます。

 

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