今日の動き

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今日は山の中での施設で調律でした。

空気が良いですし、森の中は呼吸が深くなって、日々しがみついているものが一瞬のうちのどうでもよくなってしまいますね。

人にとって森林の中でしばらく暮らしてみる、そんな時期を誰もが一定期間もってみてもよいのではないかという気がします。

 

「森住期」とでも呼べばよいのでしょうか。

例えば学校にいけない、不登校であれば可能であれば家におらず森といっしょに過ごして、それから社会復帰に励んで、あとから経済活動に参加してみることも悪くないと思います、一度入った体への意味のある感受性はそのあとずっと根付くものではないかと思います。

 

環境のことに関しても教科書的に文字の情報を頭で整理して納得するよりずっと実質的なように感じます。

 

 

調律師はあちこちいけますので、そういったことでもなかなか面白い仕事です。

そして結構大事にされている方だと思います。

概ね、お茶をお出しいただいりしますし、お昼ご飯もいただくことも稀にあることです。

 

場所によっては、例えば病院や介護施設で、要介護が進んだ方たちの中で調律することもあります。

認知機能が落ちてきた方にとって、どこのよそ者が何してる?と怪訝な顔で怒られることもあることなんですね。

そうゆうときは、音を極限まで小さく調律したり、なんでもかんでも満足な調律環境が得られないこともあって当然です。

そもそも学生時代なんてあちこちで研磨機械の音やピンを打っている音、真後ろ、あそこでここで皆調律している環境で調律していたんですから本当は学生時代の方が過酷な環境です、つい贅沢になれてしまいます。

 

描いた夢や希望、以前鈴木弘尚さんと立ち話をしていたとき「昔、10のうち5しかできなかったことは今は10できます、でも今の希望のうちは10のうち5しかできません」といってました。クリアしてまた大きな観測が生まれて。といったことでしょう。

逆に後ろから見てみるとどうなんでしょうか?

あの曲だけでも弾けたらな、と始めたピアノ。

今当時の思いは叶えられて大満足の日々で過ごしている人はすくないかもしれません。

でも当時の自分から見ると。

夢の中なのかもしれません。ふとそう振り返ってみると日々の宝にも気づくことができることなんでしょうか。

物事洗練させつづけるすばらしさと、今を享受できることもまた、大きな力の湧きどころのようにも思いますね。

 

そんな日でしたが作業がおわってそこそこにさっと次のピアノの前へ移動

します。

ボストンです。

アリコートの形状、これも日々おもっていたのですが、ファチオリとヤマハ、スタインウェイみんな形が違います。

なかなか面白いもので、ヤマハは角張ったいかにも日本的な楷書の雰囲気です。

ボストンはスタインウェイを倣ってからスタインウェイのような形状をしています。

 

日本製のピアノはなんでもやはり縦横はっきりしていて明確で不明瞭なものが少ない。

このボストンのアリコートをみて、連動というものを感じさせます。

いつもアクションと本体のフィットの調整は必ずするのですが、ちょうど良い工具がようやく見つかりました。

軸の長さなどもあってなかなか良いスタビードライバーがなかったです。

あたためて軸をひっぱり出す方もおられました。

これなら作業が楽です。

 

ボストンはややタッチが重めかと思います。

新品からやや重たい印象をもちます。

タッチの重量も我々手もとで変化させられる手段はありますが、重量だけでなく、アクションの形状や、ボディのバランス、弦やハンマーの内圧、すべてがトータルとして重量感の種類を指で感じるので、キーウエイトの鉛だけの問題でもなんでもありません。

 

今日、YAMAHAのグランドをレンナーに変えられたピアノでした。

相当にタッチの重量感が増していて、Gシリーズの趣味の良いタッチ感が完全に失われています。あちこち潤滑調整を見直して、結局ハンマーの存在が多きすぎてピアノが持て余してしまっている、本当は等身大のサイズへ交換しなおす方が良いパターンでした。

ハンマー交換以上の修理の際は、慎重に材料と作業のクリアランスをみつめてやらないとだめで、悪い結果になってしまうことはままありますね。

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