歴史の縮図

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先日、マッサージをしてもらっていました。

背中に凝りがあって、昔からゴリゴリしています。

 

大阪へでたときの時間調整で、たまの贅沢として少しお店にはいったりしています。

地下街にたくさんありますが、連続して満席だったりします。

 

静かな環境でやってもらうと息も深くなっていきます。

その中で、凝りをさわってもらっていると凝りの種類もあるようで、もっともほぐすべき凝りをしてもらうとどうもその偏ったクセや心の痛みを追った記憶が凝りとなってのこっている場所があって、そこを触れられるとなんだか当時の記憶がよみがえってきて普段の意識外で身体の記憶としてで傷を負っているのがわかります。

 

以前、なにかで読んだことがあります。

凝りをほぐしたり、手当をおこなってもらうことで、頭でどう考え方を変えようと思ってもできない過去の傷や痛み(凝り)偏った確執、それを再度自覚することでまず見つめなおすことができ、手当で絡み合った緊張を再編集することができるようです。

ここまでしてもらうと、当人と施術師の技術もいることかもしれませんが。

誰でも痛い目にあったことはあるはずです。

 

頭で整理、口でどういわれても直しきれない偏った緊張、身体が変われば精神も変わるという意味では身体から精神をアプローチすることは万能性をもっているのではないかと思いました。

例えばため息が多い方は、背中を撫でて、押して先に「ため息を先に出しておいてあげる」としばらくでなくなるようです。また元にもどろうとしますが、改善しているときは精神的にため息のない、元気になる時間が生まれるので、その中で根本的なことを解決できる力を蓄えることができるように思います。

お近くの人にでも凝りに手を当ててもらってみるのも良いかもしれません。

きっと自分自身との和解のきっかけになるかもしれません。

 

数字的に結果をまとめきれないところがまだまだあるのかもしれませんが、ホリスティック医療もますます必要になってきているのかもしれませんね。

 

少し文脈離れますが、自身の忘れられない危機は、子供のころ海で溺れて死にそうになったことがあります。

あれを一度死んでいるのか、と思い返すと運よく助けてもらった命を続けさせてもらっているのかなと思うと気持ちも変わってきますね。

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